銀行員から監査法人へ

【体験談】銀行を新卒1年でやめるとどうなるか【結論:腐らなければなんとかなる】

こんにちは、たけぞうです。

この記事では、新卒で銀行を1年でやめるとどうなるか、について私の体験談をベースに解説します。
結論、1年でやめたとしてもなんとかなります。
心身に異常をきたしてしまうほどつらいのであれば、堂々と逃げてもいい、ということをお伝えできればと思います。

大学卒業から銀行をやめるまで

大学時代は何も考えていなかった

地元(北陸)の大学に入学した後は、適当に授業に出て、適当にバイトして、適当に友達と遊ぶような、本当に平凡な学生生活を送っていました。
勉強に打ち込んでいたということもなく、単位はギリギリ取得したほうがコスパいいと思い、必要最小限の単位で卒業しました。

大学3年生になると、友達と一緒に就活を開始しました。
経済学部だったこともあり周りは銀行を受ける人が多く、とりあえず自分も同じように就活をして銀行から内定をもらいました。

単位と内定ゲットしてからは、ポケモン(ハートゴールドソウルシルバー)をずっとやっていました。
好きすぎて、大学の友達10人くらい集めてポケモン大会も開くぐらいです。
昼夜ずっとゲームをしていたため、卒業間近になると
「あかん、自分ポケモンがあるとまじで働けなくなってしまう!」
と変な真面目さが出て笑、銀行入社前に泣く泣くゲームをBookoffで売りました。

今でこそUSCPAとしてBIG4で働いていたりしますが、学生時代から簿記を取得したとか、留学していたとか、何かに没頭していたということはなく、本当ごく平凡な大学生活だったと思います。

入社と投資信託をガンガン販売する先輩行員

1週間の新人研修を経て、私は支店に配属されました。

最初は先輩行員と一緒にお客さんのところに訪問していましたが、先輩たちは当たり前のように毎月分配型の投資信託をガンガン販売していました。
今でこそ書籍やYoutubeなどで否定的な声が大きくなっていますが、当時はネット証券で投資信託を買う人も多くなかったため、お客様も銀行員の営業トークを真に受けてそのまま買っていましたね。
私は銀行に入る前に『投資信託にだまされるな!(竹川美奈子著)』という本を読んでいたのですが、そこには「銀行で販売している投資信託(特に毎月分配型)は絶対に買うな!」という主張が延々と書かれていたのです。(*1)

読めば読むほど、銀行のやり方はお客様のためになっていないのではないか?という疑問が生じ、実際に先輩行員がノルマ達成のためにガンガン販売しているのを目の当たりにして、
「お客様に投信売りたくないけど、自分もこれから販売しなきゃいけないのか・・・」
という仕事に対する抵抗感が芽生えてきました。

(*1):銀行で販売している投資信託は基本的に販売手数料および信託報酬額が高いです。また毎月分配型は、運用がうまくいかず分配金が期待額よりも不足した場合は、元本から取り崩す商品であるため、結局自分のお金を引き出しているに過ぎず銀行預金とほとんど変わりません。引き出すことで運用効率も悪く、手数料を銀行に払うだけの金融商品と言えるため、これに投資するくらいならネット口座で手数料の安いインデックスファンドに毎月積み立てていくほうがいいでしょう。

ノルマがつらすぎてハローワークに飛び込む

といっても新入行員に対してそこまで負担はないので、最初の半年くらいは集金業務とかをやって適当に過ごします。
早く業務を終わらせて、公園で休憩したり自宅で昼寝をしたりサボりまくっていました。

風向きが変わってきたのは10月に入ってからです。
新しく支店に異動してきた副支店長と融資課長が、感情的に怒鳴ってくるタイプの人だったのです。
と同時に、面倒見がよかった1つ上の先輩も異動になってしまい、お客様をいきなり引き継ぐことになりました。
やることが一気に増え、それまでぬくぬく仕事をやっていた私は、だんだんしんどくなっていきました。

支店では毎週・毎月ノルマについて会議が行われます。
会議においてノルマ未達の行員に対しては、支店長や副支店長から詰められます。
ノルマが未達であることもしんどいのですが、そもそもノルマの種類が多すぎるのです。
貸出金額はもちろん、新規貸出先件数、住宅ローン、投資信託、保険、カードローン、外為、年金・・・
基本的に行員全員にそれぞれノルマが割り当てられるのですが、全ての数字を達成できていた人はいなかったです。
ほぼ達成した優秀な先輩もいましたが、そもそも人口減少が進んでいる地方の町において達成できるような目標設定をしていないのです。

私は1年目だったためそこまで負担はなかったのですが、先輩行員はほぼ全員がつらそうでした。
もともとあまり業績が良くない支店だったため、異動してきた副支店長から当然詰められます。
そんな環境が続いていましたから、中には体調に異変を訴える行員が増えてきました。
胃がずっと痛いと言っている主任、血尿が出たといった先輩、副支店長や課長に詰められて週3勤務になった主任と事務職の人・・・。
今でも覚えていますが、当時の副支店長は
「(高齢者に投資信託を販売するときは)お客さんの手を握りながらサインしてでも契約書をもらってこい!
と言っていて、その発言にドン引きしていました。
今振り返っても当時在籍していた支店はかなり過酷な状況だったと思います。

このようにお客様の立場ではなく、自分たち銀行の数字しか見ていないような営業方法についていくことができず、ここで働くのがイヤになってきました。

「お客さんをだまして商品を販売したくない」
「このまま課長や支店長になったとしても、結局本部に詰められる」
「一生数字だけ追いかけるだけの人生?」

銀行で働くことに悩む時期が続いていましたが、外回り中で原付バイクに乗っているときに、突然感情が「もう無理!」となりました。
気づいたらそのままハローワークに飛び込んでいました。

そこからは早く進み、課長や支店長に退職したい旨を報告。
親に言うと、特に世間体を気にする父親からは「情けない!」と罵倒されました。
ですがすでに心が折れており、もう銀行で働いていけそうもない状況でした。
結局、3月末で銀行を辞めることになります。

今思えば、もうちょっと割り切って優先順位をつけて業務をやっていけば、銀行を続けることができたかもしれません。
ですが今となっては退職してよかったと思います。

そしてこの頃は簿記2級も取得しており、会計・税務に興味を持ち始めていました。
将来独立して税理士にもなりたいと思い始めたため、会計事務所に転職することになります。

退職してUSCPAを取得

転職先の会計事務所では、業務の傍ら税理士を目指して勉強を開始します。
ただこちらも上手くいかず、税理士試験のうち1科目も合格できませんでした。
このあたりの詳細はまた別の記事で紹介しようと思いますが、結局ここでも挫折を味わうことになります。

紆余曲折あり税理士を諦め、USCPAを取得し監査法人で働くことを決意しました。
そして1年10か月かけてUSCPAに合格し、なんとかBIG4監査法人の金融部門に転職できたのです。
それからは他の記事でも紹介していますが、監査法人では年収も200万円アップし、金融部門で今までの経験を活かし、充実して働くことができました。

腐らなければ必ず花は咲く

結局、私の体験談から皆さんにお伝えしたいことは

1年で仕事を辞めたって人生なんとかなる
今自分ができる最善を尽くすしかない

ということです。

仕事がイヤなら1年で辞めてもいいんです。
世間体や周りからどう思われるかなんて完全無視でいいです。
私も逃げて逃げて逃げまくってきました。
今は大手財務系コンサルファームで財務DDをやっていますが、最初からここを目指していたわけではありません。
せっかくだから目の前の仕事や勉強を楽しもうとしてきただけです。

「自信がないから資格が欲しい」
「財務会計がおもしろい」
「英語つかえたらかっこいい」

こういった気持ちに従って行動してきただけで、明確なキャリアプランなんてありませんでした。

欧米では「プランド・ハプンスタンス理論」というキャリア開拓の手法が、1999年にスタンフォード大学のクランボルツ教授によって提唱されました。
数百人に及ぶ成功者にアンケートを行ったところ、8割以上の人が、
「いまの自分のキャリアは、予期していなかった偶然によって導かれた」
と回答したのです。

初めから厳格なキャリアプランを決めつけるのではなく、柔軟な姿勢で自分の身に降りかかった出来事や偶然を活かし、価値のある結果に結びつけるキャリアもあるということです。

結局、腐らなければ人生は終わりません。
腐りさえしなければ、あなたならではの方法で、必ず花を咲かせることができます。
私の体験談を読んで、
「少し元気づけられた」
「自分のキャリアを見直してみようかな」
と思っていただけたなら幸いです。

以上!